ようこそ!広島復活教会へ


私たち広島復活教会は、英国国教会(英国聖公会:アングリカンチャーチ)の正統な流れをくむ日本聖公会の、神戸教区に属する「キリストの教会」です。毎週日曜日には教会に集い、礼拝を守ります。教会内の各会(グループ)による活動を通し、広く社会との関わりを持ち、地域に開かれた教会を目指しております。
正式名称:宗教法人日本聖公会広島復活教会

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投稿者 : hrcnskk 投稿日時: 2019-05-19 00:32:09 (9 ヒット)

さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。
「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを捜すだろう。『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」
〈出典:日本聖書協会:新共同訳聖書〉


投稿者 : hrcnskk 投稿日時: 2019-05-12 01:35:51 (20 ヒット)

そのころ、エルサレムで神殿奉献記念祭が行われた。冬であった。イエスは、神殿の境内でソロモンの回廊を歩いておられた。 すると、ユダヤ人たちがイエスを取り囲んで言った。
「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」
イエスは答えられた。
「わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。 しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。わたしと父とは一つである。」
〈出典:日本聖書協会:新共同訳聖書〉


投稿者 : hrcnskk 投稿日時: 2019-05-04 12:00:00 (24 ヒット)

その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。

シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。
シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。
既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。
イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。
イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。

イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。
シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。
ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。

さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。
イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。
シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。

イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。
イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。
イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。
〈出典:日本聖書協会:新共同訳聖書〉


投稿者 : hrcnskk 投稿日時: 2019-04-27 12:00:00 (20 ヒット)

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。
イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」
そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。
そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。
戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。
これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。
〈出典:日本聖書協会:新共同訳聖書〉


投稿者 : hrcnskk 投稿日時: 2019-04-21 00:14:02 (40 ヒット)

そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。
見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。
そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。
婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。
「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」
そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。
そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。
それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。
婦人たちはこれらのことを使徒たちに話した。
〈出典:日本聖書協会:新共同訳聖書〉


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